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自主憲法 自主防衛 自主エネルギーの日本でありたい
  
   
 彼の人気から見ての転落具合はあの植草氏なんてもんじゃないですね。
 しかし、このインタビュー見て、はっきり「失ったものは多いけど、いい経験されてきましたね」という感想です。

 こんなインタビュー内容は彼からしか聞けないでしょう。
 (すごく参考になります・・・ってナンデヤ!) ( ゚Д゚)ノノ ナンデヤ!!

 引用です。
田代氏は04年に二度目の覚せい剤所持が発覚して逮捕・投獄、約3年半の刑期を終えて黒羽刑務所を出所した。その後、雑誌『創』主宰のイベント(記事参照)等に出演するものの、これといって大々的な復帰の話は聞かない。では、現在田代氏は一体どういう生活を送っているのだろうか。我々取材班は東京某所を訪ね、獄中生活と現在の胸中について語ってもらった。

タシロ


──出所されてから3ヶ月が経ちましたが、体調はいかがですか?

【田代】 体調も良くなって、やっと人間らしくなってきました。"シャバボケ"といって、長年刑務所に入っていた人が出てくると社会に適応するまで3ヶ月程かかるそうなんですが、ようやく自分も現実に慣れてきたと思う。今は毎日散歩をしたりテレビを見たりして自宅療養しています。

──刑務所ではどんなことを考えていましたか?

【田代】 とにかく辛くて、何も考えられなかった。一刻も早くここを出たいと思っていました。それほど人間的な環境ではありませんでした。

 一番辛かったのが、刑務所は夜9時就寝なんですが、僕は夜型人間だったので全く眠れなかったこと。テレビは夜2時間見られるんですが、9時になると一斉に消されるので寝るしかない。しかも、一時間おきに見回りが来るのですぐ目が覚める。中には、北朝鮮の兵士みたいに大きな足音を立てる看守がいて、これがムカつくんですよ。忍者みたいに足音を忍ばせて歩くような優しい人もいたけど、それでも寝つきは良くなかった。仕方ないので睡眠薬をもらって寝るようにしました。多いときには5錠も飲んで......だんだん減らして、最後は1錠で眠れるようになりましたが。

──夢は見ましたか?

【田代】 幸せだったころの......家族の夢は、よく見ました。皆で海外旅行に行ったり、かみさんとケンカしている夢。あんなことで怒らなきゃ良かったな、って思いましたね。

──日中はどういう生活でしたか?

【田代】 風呂は1日おきとか、とても規則正しい生活だった。平日は朝6時半に起床して、朝食後に工場へ出かけて作業をしていました。僕が入った工場は、障害者や老人や政治家などが入るような所だったんです。どうやら、目立たないように、と気を使ってもらえたらしくて。でも、障害者が多かったので、仕事が単純作業で辛かった。紐を通したり、袋を折ったりを延々と繰り返すだけで、時間が過ぎるのが本当に遅く感じました。

──他の受刑者は田代まさし本人だって気がついていましたか?

【田代】 印象的だったのは、『この刑務所に田代まさしが入ったの知ってる?』と聞いてくる受刑者がいたこと。僕の胸には『田代』とはっきり名前が書いてあったので、『俺がそうなんだけど』と返したら、『違う。あの昔歌手だった田代まさしだよ』と言われた。その時、ひげもそって頭坊主で眼鏡もしてないので解らなかったのかもしれない。もしくは刑務所生活のせいで、形相が変わってしまったのかな、ってショックでした。

 そうかと思ったら、ずっと話したことがない同じ年代の受刑者がいたんですが、彼が出所する2日前にね、『大ファンでした、握手してください。もっと話したかったんですが、ご迷惑かと思って。これからも頑張ってください』と言ってきたり。他にも、若い受刑者で『出所したら、償いのために100キロマラソンやりましょうよ』なんて、僕の復帰案を考えてくれた人もいました。


 まだまだ続きます。
 ぜひお読みください。
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●月給900円、独居房でひとり過ごす日々

──映画のシーンであるような、カマを掘られたり、というようなことはなかったんですか?

【田代】 僕は独居房だったからそういう心配はなかった。でも、オカマの男性がいて、すごく気に入られましたね。刑務所を出たら七夕に会いましょうよ、ってしつこく言われて......。結局連絡は取らなかったけど。

──体罰等はありましたか?

【田代】 体罰はなかったけど、威圧的な看守はいました。怒られたことは一回ありましたね。刑務所って朝飯は一品しかおかずが出ない。前の日にメニューが張り出されるんだけど、次の日の朝のおかずが塩辛だった時があって。僕は塩辛が食べられないので、『嫌だなあ』と思っていたら、前日の晩ご飯にでっかい厚揚げが出た。『これを食べないで残しておこう』と思い、隠しておいて朝になってそれをご飯と一緒に食べてたら、看守に見つかって。そのまま取り調べ室に連れていかれ、その後に所長や副所長全員にこっぴどく怒られた。罰として、半年無事故証を剥奪されて、月給900円のうち500円を罰金として徴収されました。

──半年無事故証というのは?

【田代】 受刑者にはランクがあって、入った時はみんな4等級です。無事故、無違反を続けていると徐々に昇級できるようになって、待遇も変わる。たとえば、3等級まで上がるとお菓子が食べられたり。刑務所には月に一回だけお菓子が食べられる日があるんです。それくらいしか楽しみがないので、食べられないと本当にショックだった。刑務所は飯が不味いですからね。

 "くさい飯"というけれど、本当に臭い。麦と白米の半々のご飯なんだけど、独特のにおいがする。トイレがすぐ傍にあるせいかもしれないけど。

──休日や年末年始はどう過ごしていたんですか?

【田代】 工場は土日が休みで、その他に、年末年始・お盆・ゴールデンウィークも休みがもらえた。大体は本を読んで過ごすか、寝ていました。

 大晦日は12時まで紅白歌合戦を見せてくれる。年越し蕎麦は出るけどお湯がぬるくて......。年末年始は3日間くらい休みで、ちょっといい映画が放映される。食事もおせち料理が出るんだけど、それが中途半端なものばかりで、逆にシャバが恋しくなりました。

──刑務所の中で読んで印象に残っている本は?

【田代】 感動したのは、リリー・フランキーの『東京タワー』。僕のお袋が九州出身で、しかも僕が売れかかったところでお袋が死ぬ、という設定がリンクして、ほろっとしてしまった。

──薬の禁断症状や性的衝動はなかったんですか?

【田代】 食事の時に配られるお茶に"精力を減退させる薬"が入っているという噂があって......そのせいかは解らないけれど、3年半いる間、オナニーも含めてそういう気は一切起こらなかったですね。

 薬の禁断症状も一切起こらなかった。僕がかかった病気は水虫くらい。3年半の間に、完全に薬は抜けました。

 刑務所の中でも薬物講習があって、自由参加だったので受講してみたけれど、あまり役に立たないものだった。むしろ、薬のことを忘れてるのに何故もう一度思い出さなくてはいけないのか、と逆効果だった。

 出所会見の時に、『病院に行ったほうがいいよ』と言う人もいたけど、せっかく薬が抜けたのになぜまた薬と向き合う必要があるのか。薬を絶つのは最終的には己自身だから、施設に頼るのは納得いかない。覚せい剤のせいで迷惑かけた人の顔がたくさん浮かんできて、今は目の前に薬を出されても捨てる自信がありますね。

 * * *

 刑務所の中で薬は抜けた、とはっきりと言い切った田代氏。確かに、出所直後の会見に比べて顔色も良くなり表情や声も安定し、テレビで活躍していたころとまではいかないが、ずいぶん回復したようにも見える。

 それでは、そもそも何故、田代氏は覚せい剤に手を染めるようになっていたのだろうか......。

 * * *

──覚せい剤に手を出したのは何が原因だったのですか?

【田代】 仕事のプレッシャーが一番の原因でした。僕は人が思っているより神経が細いので、新番組が始まったりすると、いつも家で吐くような状態だった。仕事でネタやギャグを期待されることがだんだん重圧になって、それから逃げたくて手を出してしまいました。

 最初は"あぶり"といって、銀紙に覚せい剤を置いて、下から火であぶってストローで吸うという簡単な方法でやっていました。注射をやったら人間として終わりかな、って頭のどこかで感じていたから。

──そんなに仕事の重圧を受けるということは、もともとバラエティがお好きではなかったんですか?

【田代】 いや、好きでしたよ。もともと所属していた"ラッツ&スター"でも、歌は鈴木雅之、バラエティは田代まさし、といった感じで、ステージでコントみたいなことをしていたり。でも、自分でもお笑いの世界であそこまで売れるとは思っていなかったですね。

──00年に盗撮事件を起こしましたよね。この時は薬はやっていたのですか?

【田代】 この時はシラフでした。今思えば、何故あんなことをしたのか解からない。仕事が忙しくてストレスが溜まっていたのが一つの原因。あと、盗撮物のAVを見て、「自分でも出来るのでは?」と思ってしまって。本当に突発的な衝動でした。

──その時の謝罪会見で「ミニにタコができる」という弁解がありましたが、あれは......。

【田代】 僕は普通に謝るつもりだったんだけど、事務所側に「いや、ギャグにしちゃったほうが良いよ」って言われて。「そうなのかあ......。じゃあ、"ミニにタコ"ってのは?」って言ったら「それで行こう!」と。でも、それが裏目に出てしまった。

──あの発言は物凄いバッシングを受けましたね。その後、01年の男風呂の覗き事件というのは......。

【田代】 あの時はすでに覚せい剤をやっていたのだけど、薬に性的興奮をうながす成分が入っているみたいで。たまたま駐車場で立ち小便をしている時に、アパート一階の風呂場から湯気が出てるのが見えたんです。しかも窓が少し開いていたので、「女性が入っているのかな?」と行ってみようとしたら、男がガラッと窓をあけて「何やってんだ!」と。驚いて逃げたら、その男が裸で追いかけてきて......。全裸の男に羽交い絞めされて、そのまま警察に突き出されました。

──まさにコントですね(笑) 性的興奮、とおっしゃいましたが、覚せい剤を使用するとムラムラするものなんですか?

【田代】 しますね。覚せい剤を打ってセックス、というのは、脳に鳥肌立つくらい気持ちがいいものです。だから、その快感を思い出したくて再犯をする人もいるくらい。僕は二度と思い出したくもありませんが。

──覚せい剤はどこで購入していたんですか?

【田代】 最初に逮捕されて留置所に入れられた時に、同じ房にイラン人の売人がいて。僕だったら大丈夫、と言われて、ノートに書いてもらった電話番号にかけたのが運のツキだった。

 2回目に逮捕される半年ほど前から、注射器でやるようになってしまって。仕事が駄目になって、家庭もうまくいかなくて。あるとき、かみさんに『帰ってきてほしい』って手紙を書いて、家中にロウソクを立ててロマンチックにライトアップして、待ってたんです。でも、かみさんは帰って来なかった。そこからヤケクソになって、もうどうなってもいいや、と自暴自棄でした。

●収入はゼロ 応援してくれる人だけが支えに......

──逮捕~出所後は、家族や仕事関係者には連絡は取ったんですか?

【田代】 家族とは会っていません。出所してから息子には電話で連絡はしたんですが。かみさんとは獄中で離婚したので、もう会えないだろうと諦めています。でもいつか子ども達には会いたいなあ、と思います。

 過去に仕事で付き合った人ともまだ連絡をとってないんです。迷惑をかけたし連絡を取りたいのだけど、前の携帯が壊れたので連絡先が全くわからなくなってしまった。

 ラッツのリーダー・鈴木雅之さんは、拘置所に会いに来てくれた。サングラスかけたまま面会に来て、「お前が刑務所に行ったら、家族の面倒は俺が見るから」って言ってくれて。カッコいいなあ、と思いましたよ。実際に息子のところに連絡があったらしく、「何かあれば俺を父親だと思って頼ってくれ」と。リーダーには近々連絡を取りたいですね。

 師匠の志村けんさんにもまだ......。いつかは直接会いたいと思っているけど、正直、会わせる顔がない。自分が一人前になって仕事もがんばっています、という状況になるまでは会えないと思う。今の状態で会いに行っても、頼ってるみたいだから。

──今は収入は全くない状態なんですか?

【田代】 全くありません。なまじっか有名人なので、新しい仕事にもつけないんですよ。無職だと、家も借りられない。今は妹夫婦のところにお世話になっているけど、いつまでも頼るわけにはいかないので焦っています。外に出てもずっと"田代まさし"という看板が着いて回るから、生活がしにくくて。

 刑務所の中も地獄だったけど、出てきてからはもっと地獄だなあ、と思います。

──そういう意味では、有名人にならなければ良かったと思うことは?

【田代】 それは......思わないですね。好きなことができて、裕福に暮らせて、良い思いもしたので。その分バチがあたったのかな、と思っています。

 有名人になれたからこそ、応援してくれる人がまだいる。この前、『創』に開いていただいた誕生日パーティ(8月31日/阿佐ヶ谷Loft A)でも、昔からファンだった人や、わざわざ九州から来てくれたファンもいて。そうやって見守ってくれる人たちがいるんだから、頑張って応えていかなきゃと思います。

──田代さんはネット上でも"神"と称えられるほど人気者です。

【田代】 頂点にいたのに一気に下に落ちた男......だから"神"と呼ばれているのかな。田代まさしのギャグはすごすぎる。全てがギャグ、人生がギャグだ、って(笑)。

──今後、芸能界に復帰する予定はあるんですか?

【田代】 今のところ難しいと思う。もう一回ゴールデンに出てください、とファンに言われるけど、そうもいかない。テレビを見ながら寂しくなることはあるけれど、社会がそれを許してくれない。今は今後について、模索している段階です。

 でも、近々ブログはやろうと思っている。最近、田代まさしを名乗る偽者がブログを開いてアクセス数がすごい、と聞いたから。そんなに見てくれる人が沢山いるならやってみたいなあ、と。

 あと、刑務所にいる時に、面白かったことをノートにメモしたので、それを元に手記を書きたい。絵も好きなので、時間を見つけてはまた自由に絵を描いて、個展なども開きたいと考えています。

──ブログの早い開設を楽しみにしております。最後にファンの方々に一言お願いします。

【田代】 悪いことやったら捕まるぞ。刑務所はつらいぞ。なので悪いことは止めましょうって、そう言いたいです。

 * * *

 今回の取材を行った飲食店でも、隣の席にいた一般客に「田代さんですよね、長い間ご苦労さんでした。これからも頑張ってください!」と、気さくに声をかけられていた田代氏。このように根強いファンはまだまだ多い。

 出所直後より元気そうではあったが、今後の将来を憂えてか、インタビューの後半ではどこか頼りなげに見えた。がんばれ田代まさし! どんな形であれ、活動を再開してくれることをファンは望んでいるぞ!



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●月給900円、独居房でひとり過ごす日々

──映画のシーンであるような、カマを掘られたり、というようなことはなかったんですか?

【田代】 僕は独居房だったからそういう心配はなかった。でも、オカマの男性がいて、すごく気に入られましたね。刑務所を出たら七夕に会いましょうよ、ってしつこく言われて......。結局連絡は取らなかったけど。

──体罰等はありましたか?

【田代】 体罰はなかったけど、威圧的な看守はいました。怒られたことは一回ありましたね。刑務所って朝飯は一品しかおかずが出ない。前の日にメニューが張り出されるんだけど、次の日の朝のおかずが塩辛だった時があって。僕は塩辛が食べられないので、『嫌だなあ』と思っていたら、前日の晩ご飯にでっかい厚揚げが出た。『これを食べないで残しておこう』と思い、隠しておいて朝になってそれをご飯と一緒に食べてたら、看守に見つかって。そのまま取り調べ室に連れていかれ、その後に所長や副所長全員にこっぴどく怒られた。罰として、半年無事故証を剥奪されて、月給900円のうち500円を罰金として徴収されました。

──半年無事故証というのは?

【田代】 受刑者にはランクがあって、入った時はみんな4等級です。無事故、無違反を続けていると徐々に昇級できるようになって、待遇も変わる。たとえば、3等級まで上がるとお菓子が食べられたり。刑務所には月に一回だけお菓子が食べられる日があるんです。それくらいしか楽しみがないので、食べられないと本当にショックだった。刑務所は飯が不味いですからね。

 "くさい飯"というけれど、本当に臭い。麦と白米の半々のご飯なんだけど、独特のにおいがする。トイレがすぐ傍にあるせいかもしれないけど。

──休日や年末年始はどう過ごしていたんですか?

【田代】 工場は土日が休みで、その他に、年末年始・お盆・ゴールデンウィークも休みがもらえた。大体は本を読んで過ごすか、寝ていました。

 大晦日は12時まで紅白歌合戦を見せてくれる。年越し蕎麦は出るけどお湯がぬるくて......。年末年始は3日間くらい休みで、ちょっといい映画が放映される。食事もおせち料理が出るんだけど、それが中途半端なものばかりで、逆にシャバが恋しくなりました。

──刑務所の中で読んで印象に残っている本は?

【田代】 感動したのは、リリー・フランキーの『東京タワー』。僕のお袋が九州出身で、しかも僕が売れかかったところでお袋が死ぬ、という設定がリンクして、ほろっとしてしまった。

──薬の禁断症状や性的衝動はなかったんですか?

【田代】 食事の時に配られるお茶に"精力を減退させる薬"が入っているという噂があって......そのせいかは解らないけれど、3年半いる間、オナニーも含めてそういう気は一切起こらなかったですね。

 薬の禁断症状も一切起こらなかった。僕がかかった病気は水虫くらい。3年半の間に、完全に薬は抜けました。

 刑務所の中でも薬物講習があって、自由参加だったので受講してみたけれど、あまり役に立たないものだった。むしろ、薬のことを忘れてるのに何故もう一度思い出さなくてはいけないのか、と逆効果だった。

 出所会見の時に、『病院に行ったほうがいいよ』と言う人もいたけど、せっかく薬が抜けたのになぜまた薬と向き合う必要があるのか。薬を絶つのは最終的には己自身だから、施設に頼るのは納得いかない。覚せい剤のせいで迷惑かけた人の顔がたくさん浮かんできて、今は目の前に薬を出されても捨てる自信がありますね。

 * * *

 刑務所の中で薬は抜けた、とはっきりと言い切った田代氏。確かに、出所直後の会見に比べて顔色も良くなり表情や声も安定し、テレビで活躍していたころとまではいかないが、ずいぶん回復したようにも見える。

 それでは、そもそも何故、田代氏は覚せい剤に手を染めるようになっていたのだろうか......。

 * * *

──覚せい剤に手を出したのは何が原因だったのですか?

【田代】 仕事のプレッシャーが一番の原因でした。僕は人が思っているより神経が細いので、新番組が始まったりすると、いつも家で吐くような状態だった。仕事でネタやギャグを期待されることがだんだん重圧になって、それから逃げたくて手を出してしまいました。

 最初は"あぶり"といって、銀紙に覚せい剤を置いて、下から火であぶってストローで吸うという簡単な方法でやっていました。注射をやったら人間として終わりかな、って頭のどこかで感じていたから。

──そんなに仕事の重圧を受けるということは、もともとバラエティがお好きではなかったんですか?

【田代】 いや、好きでしたよ。もともと所属していた"ラッツ&スター"でも、歌は鈴木雅之、バラエティは田代まさし、といった感じで、ステージでコントみたいなことをしていたり。でも、自分でもお笑いの世界であそこまで売れるとは思っていなかったですね。

──00年に盗撮事件を起こしましたよね。この時は薬はやっていたのですか?

【田代】 この時はシラフでした。今思えば、何故あんなことをしたのか解からない。仕事が忙しくてストレスが溜まっていたのが一つの原因。あと、盗撮物のAVを見て、「自分でも出来るのでは?」と思ってしまって。本当に突発的な衝動でした。

──その時の謝罪会見で「ミニにタコができる」という弁解がありましたが、あれは......。

【田代】 僕は普通に謝るつもりだったんだけど、事務所側に「いや、ギャグにしちゃったほうが良いよ」って言われて。「そうなのかあ......。じゃあ、"ミニにタコ"ってのは?」って言ったら「それで行こう!」と。でも、それが裏目に出てしまった。

──あの発言は物凄いバッシングを受けましたね。その後、01年の男風呂の覗き事件というのは......。

【田代】 あの時はすでに覚せい剤をやっていたのだけど、薬に性的興奮をうながす成分が入っているみたいで。たまたま駐車場で立ち小便をしている時に、アパート一階の風呂場から湯気が出てるのが見えたんです。しかも窓が少し開いていたので、「女性が入っているのかな?」と行ってみようとしたら、男がガラッと窓をあけて「何やってんだ!」と。驚いて逃げたら、その男が裸で追いかけてきて......。全裸の男に羽交い絞めされて、そのまま警察に突き出されました。

──まさにコントですね(笑) 性的興奮、とおっしゃいましたが、覚せい剤を使用するとムラムラするものなんですか?

【田代】 しますね。覚せい剤を打ってセックス、というのは、脳に鳥肌立つくらい気持ちがいいものです。だから、その快感を思い出したくて再犯をする人もいるくらい。僕は二度と思い出したくもありませんが。

──覚せい剤はどこで購入していたんですか?

【田代】 最初に逮捕されて留置所に入れられた時に、同じ房にイラン人の売人がいて。僕だったら大丈夫、と言われて、ノートに書いてもらった電話番号にかけたのが運のツキだった。

 2回目に逮捕される半年ほど前から、注射器でやるようになってしまって。仕事が駄目になって、家庭もうまくいかなくて。あるとき、かみさんに『帰ってきてほしい』って手紙を書いて、家中にロウソクを立ててロマンチックにライトアップして、待ってたんです。でも、かみさんは帰って来なかった。そこからヤケクソになって、もうどうなってもいいや、と自暴自棄でした。

●収入はゼロ 応援してくれる人だけが支えに......

──逮捕~出所後は、家族や仕事関係者には連絡は取ったんですか?

【田代】 家族とは会っていません。出所してから息子には電話で連絡はしたんですが。かみさんとは獄中で離婚したので、もう会えないだろうと諦めています。でもいつか子ども達には会いたいなあ、と思います。

 過去に仕事で付き合った人ともまだ連絡をとってないんです。迷惑をかけたし連絡を取りたいのだけど、前の携帯が壊れたので連絡先が全くわからなくなってしまった。

 ラッツのリーダー・鈴木雅之さんは、拘置所に会いに来てくれた。サングラスかけたまま面会に来て、「お前が刑務所に行ったら、家族の面倒は俺が見るから」って言ってくれて。カッコいいなあ、と思いましたよ。実際に息子のところに連絡があったらしく、「何かあれば俺を父親だと思って頼ってくれ」と。リーダーには近々連絡を取りたいですね。

 師匠の志村けんさんにもまだ......。いつかは直接会いたいと思っているけど、正直、会わせる顔がない。自分が一人前になって仕事もがんばっています、という状況になるまでは会えないと思う。今の状態で会いに行っても、頼ってるみたいだから。

──今は収入は全くない状態なんですか?

【田代】 全くありません。なまじっか有名人なので、新しい仕事にもつけないんですよ。無職だと、家も借りられない。今は妹夫婦のところにお世話になっているけど、いつまでも頼るわけにはいかないので焦っています。外に出てもずっと"田代まさし"という看板が着いて回るから、生活がしにくくて。

 刑務所の中も地獄だったけど、出てきてからはもっと地獄だなあ、と思います。

──そういう意味では、有名人にならなければ良かったと思うことは?

【田代】 それは......思わないですね。好きなことができて、裕福に暮らせて、良い思いもしたので。その分バチがあたったのかな、と思っています。

 有名人になれたからこそ、応援してくれる人がまだいる。この前、『創』に開いていただいた誕生日パーティ(8月31日/阿佐ヶ谷Loft A)でも、昔からファンだった人や、わざわざ九州から来てくれたファンもいて。そうやって見守ってくれる人たちがいるんだから、頑張って応えていかなきゃと思います。

──田代さんはネット上でも"神"と称えられるほど人気者です。

【田代】 頂点にいたのに一気に下に落ちた男......だから"神"と呼ばれているのかな。田代まさしのギャグはすごすぎる。全てがギャグ、人生がギャグだ、って(笑)。

──今後、芸能界に復帰する予定はあるんですか?

【田代】 今のところ難しいと思う。もう一回ゴールデンに出てください、とファンに言われるけど、そうもいかない。テレビを見ながら寂しくなることはあるけれど、社会がそれを許してくれない。今は今後について、模索している段階です。

 でも、近々ブログはやろうと思っている。最近、田代まさしを名乗る偽者がブログを開いてアクセス数がすごい、と聞いたから。そんなに見てくれる人が沢山いるならやってみたいなあ、と。

 あと、刑務所にいる時に、面白かったことをノートにメモしたので、それを元に手記を書きたい。絵も好きなので、時間を見つけてはまた自由に絵を描いて、個展なども開きたいと考えています。

──ブログの早い開設を楽しみにしております。最後にファンの方々に一言お願いします。

【田代】 悪いことやったら捕まるぞ。刑務所はつらいぞ。なので悪いことは止めましょうって、そう言いたいです。

 * * *

 今回の取材を行った飲食店でも、隣の席にいた一般客に「田代さんですよね、長い間ご苦労さんでした。これからも頑張ってください!」と、気さくに声をかけられていた田代氏。このように根強いファンはまだまだ多い。

 出所直後より元気そうではあったが、今後の将来を憂えてか、インタビューの後半ではどこか頼りなげに見えた。がんばれ田代まさし! どんな形であれ、活動を再開してくれることをファンは望んでいるぞ!


【2008/10/09 20:44】 | 時事
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No title
duca-me
あんまり反省しているように思えないのは自分だけでしょうか・・・?(・・;)

No title
おっさん
あっはっは、確かに。
でもその辺も含めてなんか人間臭いんですよ。
まあ復帰なんて考えない方がいいんでしょうがねぇ。

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コメント
この記事へのコメント
No title
あんまり反省しているように思えないのは自分だけでしょうか・・・?(・・;)
2008/10/09(Thu) 22:28 | URL  | duca-me #-[ 編集]
No title
あっはっは、確かに。
でもその辺も含めてなんか人間臭いんですよ。
まあ復帰なんて考えない方がいいんでしょうがねぇ。
2008/10/10(Fri) 12:15 | URL  | おっさん #-[ 編集]
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